昔、源平盛衰記や平家物語の中に、北陸の武将 斎藤実盛が寿永2年(1183年)篠原の戦いで、自分を少しでも強く若く見せるために、白髪染めをして出陣したと書かれています。この頃の染毛には、鉱物性の無機顔料などが使用されていたそうです。また、この他、1813年に白髪を黒くし光沢を出す薬の伝として、ザクロの皮を煎じて塗る方法、クワの白木根を生油で煮詰めて塗る方法などが紹介されています。白髪染めの起源は女性のためではなく、男社会の戦の道具の一つとして考えられていたようです。戦後は女性の社会進出もめざましくなり、それに伴い、徐々に女性の地位が男性と比べて見劣りしなくなってくると、化粧品も大きな進化を遂げてきました。その中の白髪染めも例外ではありません。古来日本に於いては、墨汁を使った一時的なものから、明治の中頃にはタンニン酸と墨を合わせたものが主流となり、ヨーロッパから19世紀に発見された酸化染料が日本に伝わると、圧倒的な染毛効果と手軽さが受け、日本中に広まる事となりました。いつまでも若く、美しくありたいという意識と大人の身だしなみのひとつとして、白髪染めは欠かせないものとして現代社会に浸透しています。